・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 雨が降っても。 何かの音で意識を目覚めさせられたシュミットが瞼をあげると、隣でまだ寝息をたてている幼い表情が視界に入る。 その少し乱れた前髪を優しく指先で梳いて整えてやると、エーリッヒはまだ完全に目覚めないまどろみの中で緩慢に反応を返してくる。 (しばらくはまだ起きないだろうな…。昨夜は少し無茶をしすぎたからな。) ふと窓の方に目をやるとシュミットの動きが止まる。 目が覚めた原因を見つけたのだ。 「……雨、降ってるじゃないか…。」 「明日、どこかへ出かけようか?」 言ったのはシュミット。勿論その言葉はエーリッヒに向けられたものだ。 だがその当の本人はぽかんとしてこっちを見つめ返してくるばかりで一向に答えらしきものを返してくれる気配がない。 「どうした?明日は何か都合が悪いか?」 「あ、いえ・・・別に。 特に予定は入ってませんがどうしてそんなことを急に言い出したのか不思議に思ったので・・・。」 困ったように笑いながらそう言ったエーリッヒにシュミットは苦笑で返すと、 「『二人だけで』何処かへ行こうかとお誘いしているんだが?」 と、分かりやすいように言い直してやった。 「あ…。」 途端に赤くなっていく顔を見られたくなくて慌ててエーリッヒはシュミットに背を向けた。 シュミットはつまり、エーリッヒをデートに誘っているのだ。 シュミットはそっと背を向けているエーリッヒに近づき、後ろから腕をまわして軽く前で手を組んだ。 「…いや、だと言うなら諦めるが?」 「そんなことありません。……すごく嬉しいです。」 その答えに満足してシュミットはエーリッヒの体を自分の方に向けさせ、両手でその頬を包み込むようにすると、そのまま引き寄せて口付けた。 エーリッヒはシュミットの背中に腕をまわしてそれに応える。 ここで更にシュミットが口腔の奥まで探り出すといつもなら、引きずり出される快楽に身を任せることのできないエーリッヒはどうしても身を堅くしてシュミットから逃れようとしてしまうのだが、今日のエーリッヒからは拒絶の意志が微塵も感じられない。 むしろ自分から進んでシュミットの腕に全てを委ねようとする自身の体にエーリッヒは当惑していた。 「エーリッヒ…。」 耳元に熱く掠れたような声を感じて体がびくりとはねるエーリッヒをシュミットは楽しそうに見つめていた。 視線が合わさるとまた一段と体温が上昇する。 二人はいつもより早い鼓動と、熱い体を持て余してベッドになだれ込んだ。 「参ったな…。」 「どうかしたんですか?」 視線を下げるといつの間に起きたのか、まだ眠そうな目を擦りながらエーリッヒが声をかけてきていた。 シュミットは黙って窓の外を示した。これでは出かけられないのではないかと。 「ああ、雨、降ってしまったんですね。」 「今日、どうする?」 もっともなシュミットの問いにエーリッヒは暫し黙り込む。シュミットはエーリッヒに今日一日の決定権を委ねて決断が下されるのをじっと待った。 「そうですねぇ…。」 口を開いてふと微笑んだエーリッヒにつられてシュミットも自然と微笑み返す。 「どうする?」 もう一度、質問を繰り返す。 「このままここで一日中こうしていてもいいんですが ……観たい映画があるんですよね。」 そっとシュミットの方を伺うように視線をよこした。 「分かった。映画だな。」 「……すみません。わがまま言って。」 快く承諾してくれたシュミットに照れたように謝ってくるエーリッヒに苦笑しながらシュミットは返してやる。 「いいんだよ。いつもは私のわがままが先行しているんだから、たまにはお前に甘えられた方が 私も嬉しいよ。」 二人は恥ずかしそうに笑いながらそっとベッドを抜けた。 二人で出かける準備をするために。 「シュミット、傘持ちました?」 雨は未だ降り続いているが、特に激しいわけでもなくむしろ優しい小雨は寒さを和らげてくれているようにも思えた。 連れ立って外に出ようとしていると後ろから声をかけられる。 「あれ。シュミット、エーリッヒ。これから出かけるの?雨降ってるよ?」 不思議そうに発せられた声に二人して笑うと、ミハエルは少し不機嫌そうにしながら二人を見送った。 「出かけるのは勝手だけど、風邪とかひいたら承知しないからね。」 それからエーリッヒの頬に軽くキスをすると「誕生日おめでとう、エーリッヒ。」 ミハエルは軽く合図してエーリッヒに少しかがんでもらうと 「本当は僕も一緒に行きたいところだけど、今日はふたりっきりにしてあげるね。」 といたずらっぽく耳元に吹き込んだ。 「……っミハエル!?」 慌てるエーリッヒにミハエルはだってそうでしょ?と悪びれた風もなく笑って見せた。 「ミハエルに何か言われたのか?」 二人はミハエルを残して静かに扉を閉め、シュミットがエーリッヒに問い掛けた。 あらかた予想はついているのだが、エーリッヒは「別に何も」と真っ赤になって視線をそらした。 雨はまだ降りつづける。 二人の周りを柔らかく包み込むように。 こんな雨降りの日には誰も外に出ようとはしないから、 二人は黙ってそっと手をつないで駅へ向かう道を歩いた。 雨が止むまで、駅につくまで。 |