・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 各駅停車 僕らは旅の果て 幾たびも思う 願わくばこのまま あてどもなく 辿り着けなくてもいい 今はまだ言えないけれど 少し遠出をした日の帰り 僕らは家路に着く為に電車に乗り込んだ こんな時は決まって僕らは一番ゆっくりの各駅停車の列車を選ぶ。 ひとつめの理由は 鈍行なら空いていて座れるから ふたつめの理由は 少しでもさよならが長びくように 決して言わないけれど きっとふたつめの理由の方が大きいのだと 僕らはお互いに知っている。 シュミットは疲れていたのか 電車に揺られる内に僕の肩に頭を預けて眠り込んでしまった。 微かな寝息が僕の襟足をくすぐる。 鈍行列車はガラガラで一番前のこの車両は僕ら以外に誰もいない。 ただカタンカタンと一定に響く電車の音と 過ぎ去る風景 遠く聞こえる信号機の音 あとはシュミットの息遣いだけ 心が静かになる 決して冷たい沈黙ではなくて 心地よい穏やかな時間 その静けさに身を委ねるように 僕も目を閉じた どうせ終点まで乗るのだもの こんな風にまどろむのも悪くない 何度目かの連絡で目が覚めた 終点まであと半分というところ あたりも少し翳り始めて 今日が終わりに近づいていることを知らせる シュミットは相変わらずまだ眠っていて 無防備な寝顔をのぞかせている いつも格好つけてばかりだけど こうやって安心しきって眠っている彼の顔が実は好き 少しキスがしたいと思った 電車がゆっくりと動き出す カーブで大きく揺れて 不意に指先が触れて シュミットを意識させられる 僕はそっとシュミットを起こさないように 指先だけ彼の指と絡めてみる 僕達以外誰もいない車両で 狭い座席で身を寄せ合って 指先をつないでる 僕は何だかいけないことをしている気がして そっと視線だけ窓の外に逃がした 空は鮮やかな夕焼け オレンジの光が眩しくて 僕はこのままどこまでも走ればいいのにと願った さよならの駅まであとふたつ このまま止まらないで 目的地になんてホントは着きたくない 僕は目を閉じた 目を閉じてもまだ瞼にも映るオレンジに眩みながら つないだ指先に神経を集中する さよならの駅まであとひとつ このまま走りつづけていて そんなことは出来ないと分かっていても 願ってしまう つないだ指を離したくないのに もうこの穏やかな時間は終わる 車内アナウンスが終着駅に着くことを告げる どんなに願っても次でお終い 僕はシュミットを起こそうとその肩に手をかけた 降りる前にキスがしたいと思った 僕らは旅の果て 幾たびも思う 願わくばこのまま あてどもなく 辿り着けなくてもいい 今はまだ言わないけれど |