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全ての夜を越えて




この夜さえも越えて
きみの側にいると誓おう
何も恐いことなんてない
ただひとつ あなたに嫌われること以外


ベッドサイドに置かれた時計を見ると時刻は真夜中に近い針。
普段なら静かなこの街も この部屋も
今日はまだどこも明かりが灯いて
一日をなかなか終わろうとしないでいる。

それは新しい幕開けを待ちきれずに
早くカーテンを開けてしまったようで少し面映い。
待ち遠しいのを見透かされてるみたいで…
そんなことを考えていると不意にシャツの裾を引く手と目が合った。
正確にはシャツの裾を引くシュミットの手。

新年の準備も粗方整ってしまって変に時間を持て余してしまった二人は
並んで窓の見える方のベッドに腰掛けていた。
2002年から2003年に変わる瞬間に近くの広場で花火があがる。
この部屋(シュミットの)からも遠目ではあるが花火を見ることができるので 新年のカウントダウンはシュミットの部屋でというのがここ数年のお気に入りのパターン。

いつだったか近くで見ようと言って広場まで行ったことがあったが、
人ごみの中でエーリッヒがはぐれないようにと手をつなごうとしたら
シュミットの不平を買ってしまったのでそれからは二人きりで部屋にいることにした。
今思えばあの頃からエーリッヒの背はシュミットを抜くほどの成長振りで
シュミットは特に並んで歩くことを嫌った。
当時はなぜシュミットが怒るのか検討もつかなくて嫌われてしまったのかと思ったが
それは多分、プライドの問題だったのではないかとも思う。

その頃はまだ二人はただの幼馴染でしかなくて、
とても微妙な距離を保っていたから
友達でも恋人でも、
かと言ってただのチームメイトでしかないわけでもなくて
自分たちの居所に一番戸惑っていた。

だからほんの些細なこと (例えばエーリッヒの身長や 手をつないで歩くこと)でも敏感になっていたのだろう。
エーリッヒはそっとシャツの裾を引き寄せる手に自分の手を重ねた。
今ではエーリッヒの背ももうあまり伸びなくなって
変わりに最近はシュミットの背が伸びてきたように思う。
多分いつかシュミットの方が高くなるだろう
その時自分はあの頃のシュミットのように
並んで歩くことを疎んじたりするのだろうか?

「エーリッヒ もう少しで今年が終わるよ」

重ねられた手に視線を落としたままシュミットが言った。
それは別に何ということはない事実を述べただけの台詞だったが
変に寂しく部屋の中を満たしていくような気がした。

一年の終わりはいつも少し寂しい。
あっけなく 打ち上げられるあの花火にも似てる。

始まる前は何と長い。

けれど終わってしまえば何て短い。

新しく開ける次の年もきっと終わる頃にはこんな風になるのだろう。

「今年は ずっと一緒にいられて良かった…
来年もこうだといいんだがな」
「シュミット、毎年それ言ってませんか?
あなたと離れて新年を迎えたことなんて、
4年前のあの一度きりですよ?」

半ば呆れながらも笑って言うとシュミットは少しムっとしたように顔をしかめて

「毎年ちゃんと一緒にいられるかなんて分からないだろう
何があるか分からないんだ
またお前が黙って遠くに行くかもしれないと思って
私は毎年本気で言ってるんだぞ」

お前 ウソつきだから と小さく言って重ねた手を握りしめた。
その手が暖かい部屋の中にあるのに妙に冷えていて、
何だか悪いことをしたような気持ちになる。

「……離れたり しませんよ」
冷たいその手を少し強い力で握り返した。


この人はいつも息苦しいほどに全力で僕を愛す。
それはもう全てをかなぐり捨てる程の激しさで

そのがむしゃらさを恐れて距離を置いた時があった。

自分でなくなくなるのが恐くて
しかし何よりもあなたを近くに置きすぎることが恐くて


「僕からあなたから離れたりなんかしません。
……あなたが僕を嫌いにならない限り」


これはもう一種の呪縛だと思った。
自分が望もうと 望まざると
いつだってあなたの側にあることを選んでしまう。
または 運命めづけられていると言ってもいい。


「私がお前を嫌いになるなんて
それこそ 有り得ない話だ」

そうやってあなたはまた軽々とそんな言葉を口にする
それがあなたの強み。
全てを捕らえてしまう。言葉で絡め取る。

「知ってますよ」

もういつだったか思い出せない程に昔から
いつだってあなたの愛は戸惑うことを知らない
一直線に迷いなく僕を選んできたから


「それでもね
言っておかないといけないと思って」



離れたこともあった
共にあること全てが幸せだとは思わない
側に居る方が辛いこともある
例え愛していても

それでもあなたを選んでしまうなら
二度と離れないと誓おう

この暗い 暗い夜さえも越えて
幾度新しい年を迎えても
その切なさも全て分かち合うと決めた


「もう今年が終わりますよ」

体温の低い手を温めながら
窓の外を見やる

広場はきっと大勢の人で埋められているのだろう
遠くざわめきや気の早い楽隊の気ぜわしい新年の気配がする


花火が あがる

くらい空にそれは正に花ひらくような

シュミットが前を向いたまま言った
「こんなこと 今更と思われるかも知れないが
来年も 再来年も ずっとこうしていられるって約束するよ」
私はね と最後に小さく付け加えて
振り向いて握った手をそのままに口づけた
軽く触れて離れた唇は音をなさないが「お前は?」と返事を催促する。

エーリッヒはその唇に指先で触れて
確かめるように
愛しむように
この上なく優しいキスをした

「約束しますよ
来年も 再来年も もちろんその先も
あなたの側にいます」
あなたが愛想つかさなければ ね

笑って言うとシュミットは小さな子供のする様に目を細めてすり寄ってきた。
そのまま また唇を重ねてシーツの波に沈む
「シュミット…これじゃ花火が見れませんよ」
呆れながらも拒む気になれず
まるで犬がじゃれる時するように自分に覆い被さってくるシュミットの柔らかな栗色の髪を細い指で梳く。
こういう時のシュミットは大型犬に似てると思った。
毛足の長い。優しい犬。
「いいんだよ
花火は また来年見れるけど
今のお前は二度と抱けないから」
変な理屈を並べながらシャツのボタンをいかにも楽しそうに外しにかかる。
「いやですよ
新年早々犬に噛まれるなんて」

小さな笑みを零しながら
じゃれあうように絡みあう

さっきまで冷たかった手の平が今は熱く
エーリッヒの体を辿り、その熱がまた熱を呼ぶ

窓の外には去年へのお別れの花火
また今年も幸せでいられますように
昨日までの日々にさよならを告げた



何も恐いことなんてない
ただひとつ あなたに嫌われること以外

花火が上がり、次の花火までの束の間の暗闇が空を覆う
それすらも僕は恐れたりしない

僕らが例え暗い夜の道を歩いていたって
あなたの側にあるのなら
全ての夜を越えていこうと誓った





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というカンジの話を 冬コミで出したかったんですが。
色々あって(主に所持金が5千円とか←出発前)
発行できなかったので
もう諦めて小説にしたんねんとか思ってたら
いつのまにか新年とかは外れてタイムリーさが全くないです
大晦日に二人はこんなことしてました
みたいなかんじで宜しく(誰に)
何はともあれ今年も宜しくお願いします。
20030118