・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 残さずどうぞ 「はい、シュミット これでいいですか?」 「ああ、ありがとう」 珍しいこともあるものだ。 今日、買出しに出るついでにシュミットに何か必要なものは?ときいたら 予想外の答えが返ってきた。 「チョコレートが食べたい」 「甘いもの、嫌いなんじゃなかったんですか?」 「いや、たまに食べたくなるんだよ。」 それにケーキとかは苦手だけどチョコは好きだよ。 特に何の飾り気も無い板チョコがいいよ。 真っ当なチョコの味がする。 言ってぱきりと板状のそれを一口サイズに割ると口に放り込む。 『真っ当なチョコの味』というのが一体どういうものなのか エーリッヒには分からなかったが曖昧に頷いてみせた。 もう一度ぱきりと割ったひとかけを今度はエーリッヒの方に差し出す。 「お前も食べるか?」 「はぁ・・・ではひとくちだけ」 手で、受け取ろうとしたら ふい とかわされてそのままエーリッヒの口元に持ってくる。 エーリッヒも特に躊躇いもせず口を開く。 それは口に入れるとゆるく溶け出し、甘い香りが口内に広がっていく。 なるほど、なんのことはない普通のチョコも たまに口にするとおいしく感じられるものだ。 「な?たまにはうまいだろ?」 そっと、チョコを押しやる時に触れた唇の感触を名残惜しそうに指でなぞって その指でまたひとかけチョコを割り、今度は自分の口に。 運ぶ手を止めてそのかけらを宙に掲げてみる。 「こうして見てみるとやはり似てるな」 「何がですか?」 「お前の、肌にさ」 「・・・そんなには、黒くないと思うんですけど」 そりゃあなたに比べれば黒いですけどね。 と少し尖った声になる。 エーリッヒはあまりその色が好きではないのか 不機嫌な顔になる。 きれいな色なのに、好きじゃないなんて勿体ないなと シュミットは思う。 自分の美点を愛せないのは 悲しいことだ。 シュミットにとってそれは この上なく美しい色合いだと信じているからだ。 奇跡に近いほど。 ミルクチョコレートの褐色に月の銀 それに海よりも深い あおの瞳 こんなに素晴らしい組み合わせを持って生まれついておきながら そんな物憂げな表情をするなんて 「いや、似てるぞ 特にこれはミルクチョコだから少し色もうすいし なにより、甘い」 「甘い?」 それはチョコレートの表現であって肌の色を表現するのには適さない。 「僕の、肌が?」 「そう。お前の、肌が。 これと同じに甘い色をしているよ。」 そう言って指先で少し溶け始めたかたまりをまた口に運ぶ。 口の中に広がるチョコレート色の香り。 味よりもむしろこの香りが好きなのかもしれないとシュミットは思った。 視線を滑らせるとエーリッヒの背中。 その上には少し襟足を長く伸ばした陽に透ける銀の髪。 銀色の隙間からちらりと覗く項はミルクチョコレート。 買ってきた日用品を紙袋から丁寧に出し 自分のものとシュミットのものを几帳面にテーブルの上に並べていく。 「シュミット?」 視線を感じたエーリッヒがこちらに振り向こうとする。 シュミットは後ろからそっと抱きしめるかたちで その行動を阻止した。 今振り向いたら、見えなくなってしまう。 「し 黙って」 「チョコは?もういいんですか? 溶けてしまいますよ」 「こっちのチョコの方がうまそうだったから」 銀色を鼻でかきわけてそっとそこに触れる。 匂いを楽しむように鼻先をこすりつけると、ゆっくりとそこに口付ける。 まだ昼日中。 陽の高い内での明らかな誘いの行為。 だがエーリッヒの反応は悪くない。 気をよくしたシュミットは肩に置いていた手をそっと 背中伝いに腰まで滑らせる。 一方の手は腰のラインを確かめたまま、もう一方の手をシャツの隙間から潜り込ませて直接肌に触れてみた。 室内は冷房がきいているとはいえ外はかなり暑かったのだろう。 まだ乾ききらない汗でしっとりと濡れた肌が手になじむ。 へそのあたりを指でまるくなぞると銀糸が揺れてシュミットの顔にかかった。 「…まだ明るいですが」 「いいじゃないか 気分なんだ」 お前は? わざとエーリッヒの弱い 少し低くした掠れめの声で囁くと エーリッヒの口から濡れたため息が漏れる。 もう彼は観念することに決めたらしい。 「実は僕もなんです」 「それは、気が合うな」 姿勢はそのままに背中越しにキスをした。 「お前、熱いんじゃないか? さっきよりも早く溶ける」 「嘘。 あなたの口が、熱いんですよ。」 ベッドに移ってから少しして ほんのいたずら心で チョコをひとかけエーリッヒの身体にのせてみた 「ほら。似てるって言ったろ?」 「もう、そんなことしたら べたべたになっちゃうじゃないですか」 「ちゃんときれいにするから 大丈夫だよ」 そう言ってゆっくり肌を味わうように舐めとる。 それは体温で少し溶けてぬるみ、 一層甘ったるく香った。 エーリッヒの口から熱いため息が漏れる。 息を詰めて声を堪えるその かすかな空気のゆらぎが 互いを更に興奮させる。 更にひとかけ、もうひとかけと エーリッヒの腹に、胸に、あらゆるところに 落としては舐めとるという行為に没頭する。 舐めるだけで決してそれ以上進まない。 愛撫と言うには程遠い動物的な行為だが そのもどかしさにエーリッヒは身を窶(やつ)す。 恥ずかしそうに身をよじるくせに やめてくれと言い出す気配も無い。 卑怯だな とシュミットは思う。 そんな耐えるような濡れた瞳で見られたら まるで私が 強要しているようではないかと。 「エーリッヒ、いい思いつきがある。」 「な…んですか?」 それよりも早く、と口をついて出そうになる ねだりがましい言葉を寸でのところで飲み込みながら 息も絶え絶えにエーリッヒは返す。 「今ならきっと真に甘いキスを保障できるぞ」 試してみたくないか? そう笑って言いながら唇を重ねてくる。 「のぼせて、しまいそうですね。それは。」 すでに存分に吸い込んだ甘い香りに くらくらしながら唇を開く。 ああ 甘い チョコのせいなのか キスのせいなのか もはや区別がつかないほどに 「甘いもの、嫌いなんじゃなかったんですか?」 「・・・たまに、食べたくなるんだよ」 無性にね。 「ではひとつ残らずどうぞ」 腕を伸ばして更にキスをねだる。 そうしてすっかり残さず食べられてしまった。 |