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瞬きの間に




濃厚な夜の匂いがする。
見上げた夜空の深すぎるのに眩暈を覚える。

僕は窓から漏れる月明かりにそっと指先をかざした。
指の隙間からこぼれてくるわずかな光。
なんて頼りない。
隣で同じく空を見上げる人の間近に感じる吐息よりもなお弱い。

「シュミット…」

僕らが今こうして同じ夜を共有していることや
乾いたシーツの感触
その全てが きっと永遠ではない

「いつまでこうしていられるんでしょうね」

シュミットは何も答えなかった

答えられないのか
答えないのか

元よりその声は返事を求めるものではなかった
どちらでも構わないのだ

例えば今一瞬後にさよならすることになっても
それがもっとずっと先のことでも

同じことなのだ 自分には。
きっと生まれてから死ぬまでの長い間の時間を思えば
このひと時は一瞬の出来事でしかないだろう。
ただそういう刹那的な風景は一瞬であるが故により永遠に近いと思った。

悲しくは ない

いつか そう遠くない未来に二人は道を同じくしなくなるだろう
この眠れる夜の匂いも
乾いた音をたてるシーツも
全てが過去になるのだろう
それは予感に近いようなものであった。

「今日はやけに夜が静かだな…」

何気ない口調で漏らされたシュミットの声に
妙に納得する自分がいた。

今日は やけに 夜が 静か

全くもってその通り
こんな静かな夜は
どうしたって永遠だなんてことを考えてしまう

「きっと夜が息を殺しているんですね
 だから星が明るい」

今夜の星はいつものそれよりも
はるかに明るく
ひときわ大きく
何よりも雄弁であった

全てがこの静かな夜の代わりなのだ

あまりにも星が明るすぎるので
月の輪郭がぼやけてしまう

「エーリッヒ」

この夜に負けないくらいの密やかさで僕を呼ぶ
乾いた温かい指先がそっと僕の前髪をすいて
その光景をぼやけた月のようだと思いながら
目を逸らさずに見ていた

今のこの一瞬は
なんて永遠に近いんだろう

「あそこにあるあの星は
 何億光年もかけてここに光を投げかけているんだ
 だとしたら
 お前が今瞬きをするこの同じ時には
 あの星はもう存在しないのかもしれない」

「私たちが見ている光は
 もう既に失われた星の
 残像にすぎないのかもしれない」

何もかもが
「かもしれない」

それを確認する術などないのだから

だから
そんなことを考えるのは
意味の無いことなんだよ

「それは『何も考えるな』
 ということなのでしょうか」

今度もシュミットは何も答えなかった

ただいたずらに僕の髪を弄んでいた指先で
つんと引っ張って顔を寄せる

僕も何も言わずに
明るすぎる今は亡き星々の目を盗んで
あの月よりもずっと控えめなキスをした。

瞬きの間に
僕らの恋が逃げてしまわぬ内に



少し冷たくなった唇は
静かな夜の味がした





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久々SSはポエムです。
詩的というのは便利な逃げ言葉だなぁ(苦笑)
少し冷たい(というかドライ?)カンジのシュミエリ
私は「二人はいつまでもずっと一緒にいる」派ではないので…
なんとなーくいつかはサヨナラかなーとお互いに計りながら
それでも側にいるというカンジ
て書くといやな人もいるかもしれませんが;;
彼らは思春期のこの一瞬を共に生きるのが素晴らしいんですよー

20030901