・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ かくも甘き沈黙 キスをするその一瞬前 甘やかなその沈黙が好きなのだ ふっと息をもらせば 伏せられた睫毛が微かにゆらめいて きまり悪そうに薄目をあけて様子を伺う キスひとつもきみとは駆け引きが必要みたい 「エーリッヒ キスしてもいいか?」 「………」 「あれ?答えは?」 「……何でいちいちそんなこと聞くんですか?」 眉根を寄せて「機嫌の悪そうな声」を作ってエーリッヒは答えた。 「だっていきなりしたらお前怒るじゃないか」 「………」 夕暮れ時、降ろされたブラインドの隙間から茜色の筋がいくつも指して太陽が今日という日を惜しむように 山際へと消えていく最後の光を投げかけていることを知らせる。 西側のこの部屋にはいつもの光景で、きちんと整えられた寝台の白いシーツを美しく染めあげていた。 そんな情動的な風景の中でそれは少し色気のない会話のようにも思える。 ことの起こりは昨晩のこと。 「シュミット! 大体あなたはいつも突然すぎます! もう少し前触れというものを見せてください」 シーツに深く沈みこまされ、当然といえば当然の抗議の声をあげる。 いつもシュミットは突然で強引で僕のことなどお構いなしだと「怒った声」を作ってエーリッヒは言う。 私はエーリッヒのお説教が始まるとしばらくじっと大人しく謹聴。 やはり格好だけでも聞き入れるポーズをとらなければ。対等な関係とは言えないだろう? そして頃合を見計らって言葉を 唇を 思考を奪いにかかる。 怒ったあとのエーリッヒの口の中はいつもより増して温かく湿る。 実はこの具合の良さもあって結構気に入っているのだが、エーリッヒに知れたらきっともっと怒るだろうな。 エーリッヒは口では怒ったり、いやがったりをしてみせても 大抵途中で「仕方ないですね」とため息をついて許してくれる。 その声の甘さ ため息の胸のぎゅっとなるかんじ この許してもらえるタイミングで仕掛けるというのも非常に重要なことだ。 私が決して本当にエーリッヒのいやがることを強要しないように、 エーリッヒも本当に怒っているわけではないのだ。 私たちは互いにそれを分かっていて、 まるでそのことすらも睦言のように 意味も無く繰り返す。 エーリッヒは「怒ってみせる」ことで 「全ては許さない」という決意を知らしめるのだ 私はワガママにしてみせることで エーリッヒの弱い部分から攻めていく じわじわと 逃れようのないように その全部を奪う為に そして後はいつもの通り。 エーリッヒは「許す」態度で 私は「許される」立場で まるで謀(はかりごと)のように 定められたパターンだ しかし 時には違う風でもいいじゃないか 「…で? お許しは 頂けないのかな?」 軽く小首を傾げてみせると エーリッヒは悔しそうに(これはフリではなく)顔を背ける。 知っているのだ 本当は お前の方こそ さっきからキスがしたかったんだってこと だけど言い出せないお前の代わりに 私が先に奪ってあげよう だけどこれくらいのからかいは 許されるのではないかな? 「エーリッヒが、いやだって言うなら ……しないけど」 「い、いやなわけでは…!」 真っ赤になりながら慌てて否定の言葉を捜す 臆面もなく求めるということが苦手なお前のために いつも私はワガママで強引な甘えた奴になる 夕暮れ時、降ろされたブラインドの隙間から茜色の筋がいくつも指して太陽が今日という日を惜しむように 山際へと消えていく最後の光を投げかけていることを知らせる。 西側のこの部屋にはいつもの光景で、きちんと整えられた寝台の白いシーツを美しく染めあげていた。 そんな情動的な風景の中でそれは少し色気のない会話のようにも思える。 しかし、これは立派な色事なのだ 緋色の光に満たされた部屋で 互いの欲求を知りながらの試しあうような駆け引きは 「…したい?」 エーリッヒは視線を外し 窓の方をじっと見つめる 晴れた昼の高い空を思わせる瞳に 夕闇に覆われた菫と橙の合わさる中間色が映し出されて この世ならざる色を湛える。 ひと呼吸 まるで何かを決心するように そして かみ殺しきれない悔しさの滲む声で 「…知ってて言うんでしょ いやな人だ」 そして降参のポーズを 手ごわい相手を好きになったら キスひとつにも駆け引きが必要 上手に上手に お前は私に負けるフリで 私はお前に負けるフリで 「おいで、 キスをしてあげるから」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 初出2003年12月29日「いつかの夕べ」より 非WEB環境の人用に作ったSS再録本に収録した書下ろしの内のひとつ。 シュミット視点とゆーかシュミットののろけ。 私のシュミット視点ってどんどん文章が頭弱そうになっていくんですが… 私の頭が弱いからか…?(自問) ウチのシュミットはエーリッヒさんがちょっと「したいなー」と思うと 驚異的なシックスセンス(エーリッヒ専用)で以ってそれを察知し エーリッヒさんが色々言わなくても行動に移れるようになってるんです。 シュミットさんがガンガンなのは ひとえにエーリッヒさんへの配慮という新手のフォロー これで安泰な性生活が送れます。 でもたまにやりすぎて本気で怒られます(へたれ) ちょっと私の中のシュミット地位回復作戦でした(笑) 20040110 |