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雷が鳴る前に(novelise)



国際電話特有のざわめきの向こうに聞こえる遠い声に
「ああ…随分と離れてしまったんだなぁ」と感じた。
本当に「外国にいる」と感じるのは空港についた時ではなく
異国語にまみれたビル群を見た時でもなく
こういう時なのだなと妙に感慨深い思いにさせられる。
ああ 遠くに来てしまった…

「久しぶりだな エーリッヒ 
 そっちの調子はどうだ?天候が合わなくて体調を崩してたりはしない?
 2軍の奴等も皆お前を慕っているし 問題はないと思うが…」

お決まりのパターンでこちらの様子を尋ねてくるヘスラーの声に
「ええ」とか「まあ」とか曖昧な相槌を打ちながら
ぼんやりと「なんでこの人と喋ってるのだろうか…?」と首を捻っていたら
海を渡った電話線の向こうの相手はようやく
こちらが話に興味を持っていないことに気づいたらしく
話の矛先を変えてきた

「何で今日の定期連絡はシュミットじゃないのか不思議か?」
からかうような口調に「別にそういう訳では…」と答えを濁す。
実際のところを見抜かれたようで気恥ずかしい。

「いつもシュミットがしてたでしょ?だから、今日はどうしたのかな、と…」
言葉を慎重に選びながらことの顛末を探ろうとする。

ああこの言い方で大丈夫だろうか?

「そう いつもなら絶対に他人にこの役目を回したりはしないんだがな。
 どうも今日は調子が悪いらしくて部屋から一歩も出てこないのさ。」
「それは病気…とか?」
知らず心配げな声になる。
つい先日聞いた声は業務連絡のみを告げるものではあったが、体調が悪いようには気配は伺えなかった。
「さあ…腹でも壊したんじゃないか?
 心配して覗きにいっても怒鳴られて追い返されるときた。
 まぁ、元気は元気だな。」

怒鳴る元気があるのなら大した事はないのだろうが…
そこまで思って自分でも心配性だな、と苦笑せずにはいられない。
こんなに遠いところにきてまで…
いや 遠く離れているからこそなのかもしれないが

「シュミットが珍しく寝込んだりしてるもんだから
 こっちは朝から土砂降りでたまんないぜ。
 今日のレースは中止だな、こりゃ」

そこまで聞いてエーリッヒはふと昔のことが頭によぎる。
「雨…降ってるんですか?」

土砂降りの雨 部屋から出てこないシュミット
それは以前にもよく似たことがなかっただろうか…

「ああ、ひどいもんだぜ。
 何でも大型のハリケーンが来てるらしくて」

ハリケーンか…なら 鳴ってるかもしれない。

「………ヘスラー、ひょっとして、雷……」
鳴っていませんか、と自分の予想を確信に変えるためにエーリッヒが口を開いたの とほぼ時を同じくして受話器の向こう、遠く海を隔てたかの地に轟く落雷の響きを聞いた。
それは、音が遠いと不満の国際電話を通しても思わず耳を受話器から離さずにはいられない程の威力であった。
「………鳴ってますね」
それも随分と激しそうだな、と
ため息とも苦笑ともつかない声で「現場」の方へ声をかけると
ヘスラーは首をすくめて口を引き結んだ表情が今にも見えるような苦い声で半瞬遅れで応えてよこした。
「朝からずっとこんな調子だよ。
 しかし今のは近かったなぁ…窓がビリビリ震えてたぞ
 そっちにも聞こえたんじゃないか?」
「ええ…ひどいですね」

ヘスラーの実況を聞きながらエーリッヒは自分の予想が正しかった事に
半ば意外にも思いながらその打開策を考えあぐねていた。
さて…どうするかな。
今更、ここで放っておくのが本当なんだろうけど……
そんなこともできないから甘いっていうんだよなぁと
半ば諦めにも似た思いに捕らわれながらもエーリッヒは口を開いていた。

「すみません
 シュミットの部屋の内線番号
 教えてもらえませんか?」





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初出1999年8月15日発行「雷が鳴る前に」
昔書いたマンガのノベライズです。
細かいトコは(言い回しとか…)変わってますが
大筋は変わってないかと。
当時割と頑張って描いた記憶があるので
今の視点でやるとこうなるというのを
たまにはこういうのもおもしろいじゃないの。
うーんでも基本的なトコロは今とあんまり変わってないなー(成長がな…)

続きます。結構長いよ。

20030913



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